少年少女

熱風が吹きぬけたのち薄荷の香はや甘くなく詰襟の年

雨の日も坂かけのぼるスカートの裾の重みを出しぬくために

春先の光やさしく降る丘で娘を殺してみたりした人

ガラス戸にぺたぺたついた手の痕のひとつひとつのまなこのまねき

南東風　わかくさ色の靴下で地上に触れたきり立ちすくむ

おとうとに髪ひっぱられ姉ちゃんは六十年後のはつなつの顔

人形と老婆とふたり病室でねむるちいさくちいさくなって

暗闇の中の大きな手の記憶この頭蓋がいつか割れても

夏の朝きいろい夢を溶かしこみ蝋はかすかに汗ばんでいる

本日の君に似合わぬものはなしきらきらの空ぴかぴかの丘

あつあつの夏のぶたまん割っていたプール帰りの指でいまでも

地団駄ののちのしずかな蝉時雨「バルタン星にも良い子はいるの？」

昼さがり偽少年の正体を知る　河童に手を引かれつつ

この夏も信じて過ごす似非少女いつか神隠しに遭うものと

はじめての人に出会ったその夜はなるべくふかく錨をおろす

スワヒリ語馬語野ばら語金星語どれもたりないおまえの囈語

　　――アンデス山中では、かつてのいけにえたちが氷づけになっていた
霊峰の架空の夫婦それぞれにおさない髑髏かたむけあって

はじめから深夜の少女十六歳花の木乃伊に囲まれている

あおざめたあなたの部屋にうっすらと降りつもる灰　夜が破れる

数珠玉のようにつらなる少女らが出てゆかぬままパンプス履いて

「悪意とは知っていること」六法をかかえた無辜の男ほほえむ

ＶＤＴ作業を終えれば夕焼けの色も匂いもおそろしく逼る

母よりも母親らしく告げられる運勢は海ほどの距離から

交差点でならんで嗅いだ排気ガス三時の月のゆくえは知れず

僕たちのコバルト色の新文明追いつづけよう星が死ぬまで

なつかしい未来へ行ってしまったの東京タワーではぐれた君は

戯れる少年の脚敵意ともつかずに風の弓弦を鳴らす

あまい香のめまいの中の子どもの問い――きんもくせいってどんな惑星？

「少女」とは呼ばないでいて芥子つぶのように頭を寄せあう子らを

〈つめたい〉が鼻のうらから喉もとへ肺腑へ腸【わた】へ落ちゆく九月

【　】内はルビ

少年少女／佐藤弓生
初出「かばん」新人特集号vol.2 1998年